宝塚音楽学校の試験に合格し入学すると、入学式までの間に学校での規則をしっかりと叩き込まれます。
私の時はまだ教室を出たら直角に曲がるという方針がありました。
さらに上級生の方が予科生だったころは小走りで行動をすることが義務付けられていましたので、学校内で予科生は歩くということがありません。
今から思えばよくわからない規則に見えるかもしれませんが、これは社会人になってからとてもよかったなと思います。
それは行動が早いということにつながっています。
ひとつの物事をするのに、人それぞれかける時間は違います。
コピーを取る
書類を提出する
物を運ぶ
会議の準備をするために設営をする
このようなことがあるのですが、私は基本的にさっさと行動することが好きです。
効率よくいかに短時間でできるかを考えて行いたい派です。
ごみを捨てに行ってからその足で給湯室に行き用事をすませる
などのようにできる限り一つの行動でいくつかの用事を済ませたいと思ってしまいます。
私の場合、これは宝塚音楽学校や宝塚歌劇団に入っていたからこそ身についたような気もします。
舞台での早変わりの時に身についた最短でものごとを済ませる方法
下級生のころはやるべきことがたくさんあってそれを短時間でこなすための方法
そうそう、これはいいのか悪いのかわかりませんがごはんも10分あれば十分に食べられます。
宝塚音楽学校に入学するまでの私はこんな感じでした。
朝は3度ぐらい起こされてようやく起きる
目覚ましは止めるものと言わんばかりに全然起きることができません。3度目はほぼ怒られていましたね。
朝食タイムは1時間のトークショー。
お仕事に出かける両親に昨日あったことや自分のことなどを洗いざらいしゃべります。
早く食べて準備しないと遅刻するわよ
よくあるこのセリフは私のためにあったのではないか?というぐらいゆっくり行動。
本日持っていく教科書はそのあと準備。
当然時間がなくなり忘れ物も増えます。
思い返すとあのまま宝塚に入らずに今に至っていたらどんな大人になっていたのだろう?と思うことがあります。
宝塚音楽学校で身についた行動
まず宝塚音楽学校ではお掃除があるので早起きします。
寮生活をしていたので、寮生はお弁当を頼むことができ、それぞれのお弁当箱に名前を書いて申請するとお弁当箱に入れてくれます。
割と大きめのお弁当箱だったので、最初はすべて食べきれず残すことが多いのですが1年もたたないうちに食べなくてはもたなくなりペロッと平らげられるようになります。
このころの摂取&消費カロリーはすごかったんじゃないかと思います。
お掃除を終え、授業です。
とにかく規則が多いので、教室を一歩出るとご注意いただく内容がたくさん。気の休まる暇がありません。
同期は連帯責任という考えを教えられます。
宝塚音楽学校での唯一の味方は同期です。本科生にご注意を受けている同期がいたら知らんぷりしないで、隣に一緒に並びご注意を聞きます。
もちろんお断りを入れてから許可をしていただいて並びますが、時に個人的な注意だからいいよと言われたりします。
そうすると失礼しますといってその場を去りますが、どんなご注意を受けたかを気にしています。
同期思いであることは、今後舞台をしていく上で非常に重要です。
宝塚歌劇団に入っても、そして社会人になってもいまだに同期は特別な存在なのは、ここからきています。
時には喧嘩をしたりしますが、思ったことは直接本人に伝えます。実はいいたいけど言えない・・・という悩みを抱えている暇がありませんので、結果的に直接本人に話した方が早くなります。
同期の中でも合う、合わないは別としてある程度の関係性はできてきます。
同期がしたことはすべて連帯責任
上級生は同期をひとくくりに見ますので、一人ができていないのは同期全体の責任になり、できないのを放っておいた冷たい同期という考えです。
だからお互いが気にしてそれぞれのいいところも悪いところも知っていて厳しく注意をします。
最初は言われてカチンと来たり喧嘩になることもありますが、最終的には気づかせてくれた同期にとても感謝しています。
それは宝塚歌劇団に入ると分かるのですが、味方は同期だけ。
※誤解のないように言っておきますが、別に意地悪されるわけではありません。
ある意味、同期を差し置いてそれ以上仲良くなる関係というのはもっと上級生になってからです。
でも、あれだけ音楽学校の時に怖かった本科生(1個上の上級生)が実は一番かばってくれる上級生になるのです。
私は公演中、音楽学校でそんなに良く思っていなかった本科生の印象が変わりとっても仲良くなりました。
おそらくみんなそうだと思います。
同じつらさを味わった先輩。
そして、宝塚歌劇団という自分たち以外はすべて上級生という環境で心細い私たちを常に導いてくれる一つ上の上級生。
入団したばかりの研一を教育するのは研二の役割です。
(※入団して一年目を研究科一年、略して研一とよびます)
組織がしっかりしているのはこういうところにコツがあるのかもしれません。
絶妙なタイミングをみはからう習慣
お稽古場でお芝居の場面で使う小道具やテーブル・椅子などを設営するのは研一の役目です。
上級生が小道具をもって出られる際に、早すぎず遅すぎずのタイミングで手渡します。
お稽古なのだから少々早く渡しても遅れても問題ないのでは?
本番は小道具さんのところにそれを取りに行くのは本人なのですから。
実はそういうわけにはいかないのです。
邪魔にならないところで、その上級生のタイミングを見計らいスタンバイ。
絶妙なタイミングを狙いさっとお渡ししにいく。
上級生が立ち上がられたから、今だ!と思ってお渡しにいったら出番前のウォーミングアップだった!ということがあります。
その方の行動を注意深く見て(でも見てます!という態度はNG)タイミングを覚えます。
相手との息を合わせる、コミュニケーションを無言で取っていることになりますね。
その研一の行動を研二は見ています。
少しでもタイミングが悪いとご注意を受けます。
そしてさらにその研二の行動をその上が見ているのです。
きちんと研一を注意しているか、注意が足りないとそのことを研二に注意しに行きます。
期を飛ばして注意するということは極力避けます。
上級生になるにつれて自分の役のことを考えるのに精いっぱいになっていてはだめで、下級生の行動や指導もしていかなくてはならず、常にアンテナを立ててお稽古場全体を見ていなければなりません。
ぼ~っとしている人は誰一人としていないのです。
もちろん上級生からすると下級生の行動を見ながら下級生に注意しに行くタイミングも見計らっています。
さらに言うと、上級生がこちらを見ていることに気付くことも大切で、上級生がこちらに来られるまでにお席まで伺うことも多いです。
それぞれが気を配っているので、確実に“気くばり力”が身につくわけです。
そう考えると、一見いちばん大変そうにみえる研一は自分のやるべきことを必死でこなすのに精いっぱいでいちばん気くばりが少なくてラクなのかもしれません。
会社の新入社員がある意味いちばんラクだと私は思います。
とにかく目の前のことだけをこなして努力していればいいのです。責任感も最初から与えられるほど重要なお仕事は任されることはそうそうなく、任されたとしても責任は上の人がとってくれる。一生懸命が認められる時期です。
いちばん下の立場というのは大変そうにみえて私はいちばんラクだと思っています。
だからこそ努力をしていかないといけない、そう思います。
このブログを書いていて、そういえば当時はこんなに気をはっていたのかとあらためて思いました。
こちらがタイミングを見計らうだけでなく、おそらく相手が自分に言いたいことがあるだろうと察知して話しかけやすいタイミングを無言で表現するのもまた気くばりだということに気付きました。
受付嬢などはそうあってほしいと思います。
受付は若くて美しい方に越したことはないですが、そう考えるとそれだけでもないのです。
少し自分の年齢が上であったとしても、お客様が話しかけられる雰囲気を出せたほうがスキルとしては上だと私は思っています。
長くなりましたが、気くばりのこと少しおわかりいただけたでしょうか。
少しずつ経験談を文章にしていこうと思います。
本日も最後までお読みいただきありがとうございました。
ではまた明日のブログで!