一生懸命やっているのにできていないと言われる原因

愛され気くばり美人道

 

私は言われたことをきちんと守ってやっているのに、ちゃんとやりなさいと注意される。それはなぜ?

 

今日のブログ内容はそんな方必見です!

 

自分では一生懸命言われた通りにしているのに、違うと言われるのは悔しいですし、どうして誰も私のことをわかってくれないんだろう?なんて思うことがあります。

でも結果、実は本当に自分が違っているのに自分が気づいていないということです。

 

己を知る

 

こういった言葉がありますが、上記の方はだいたい自分のことをよくわかっていない人が多いです。わかったつもりになっているのです。

 

 

本人はやっているつもりが周りから見てできていなければそれはできていないのと同じこと

 

になります。

 

プロの仕事は結果がすべて

学校やお稽古事では楽しく行うことができて、努力も認められます。

真面目にやっていれば努力値を評価してもらえたりするかもしれません。

でもプロの世界というのはお金をいただいているのですから、そういうわけにはいきません。

 

できていないものはできていないのです。

 

宝塚の舞台は優雅で美しいものですからむしろ「頑張ってます!」というのが見えるのもよくないですね。

努力は陰ながらするものだという人もいますが、隠れてしなくても堂々と努力をすればいいと私は思います。

結果が出ていなければ、それはやっていないのと同じ。

これは在団中、私も何度も経験しました。

 

何度も言ってるのに、どうして手がその位置になるの?

私は真剣にやっていて、いい加減なことはしていないのに注意されたことがありました。

その時は私自身がおかしかったのか、逆に悪目立ちしていたようです。

同期にもいろいろ聞きましたが、返ってくる答えは同じ。

 

ちょうど研3~4あたりだったような気がします。

思えば普段の生活態度に反省点がありました。

タカラジェンヌ生活に慣れて中だるみをする頃です。

その時は少人数のダンスナンバーに入れてもらったのに、努力が足りなかったように思います。

今になって思いますが、このころはプライベートの生活リズムが乱れていたりメンタルバランスがおかしかった時期でした。

いくら取り繕っても、仕事に影響を及ぼしていたのだと気づきました。

 

職場に来たら、プライベートで何があろうとも切り替えて行うのがプロだと過去のブログでお伝えしましたが、普段の生活・素行もきちんとしていないと知らず知らずのうちに影響が出てきてしまうのです。

 

自分の姿を客観的に見つめなおす

では、どうすればいいのか?

この時の私がそうだったように、自分ではこんなに真剣にしているのですからこれ以上どうしろというのか?

そうなってきますよね。

 

こういう時は客観的な意見を求めます。

舞台やダンスであれば動画を撮影して自分の姿を確認。

それでもわからなかったら人に聞いてみる。

そしてそれを素直に受け入れるということ。

 

私の友人の話ですが、彼女は書類を人に渡す時、無意識に放ってしまっていたそうです。

それを注意されて、はじめて気づきました。

自分ではそれが当たり前で、特に雑に扱っているつもりはなかったのですが放り投げられたように感じる人もいます。

そうすると、この人横柄だな・・・と思いますよね。

 

そのとき彼女に注意してくれた上司の方は、彼女がそんな人柄でないことを知っていたので注意してあげたのでしょう。

彼女はそこから気を付けるようになりました。

 

生活態度は習慣です。

家庭での環境や自分が本来持っているものが出てきます。

直してそれを習慣にすればよいだけなのです。

 

私は鏡を見て食べ方を研究したことがありました。

これも「さくらちゃんが食べていたらとってもおいしそう」と言われたことが原因でした。

最初はどんなふうに自分って食べているんだろう、もしやがさつさの表れでそれをいいように表現してくれているだけかも?と180度違う解釈を想定してやってみました。

ルールやマナーなどを特別習うことはなかったので、自分で研究です。

 

もし自分がグルメリポーターだったらと仮定して、さらにおいしそうに食べる研究、そして人から見て不快にならない食べ方を研究したことがありました。

 

実際に習う

日本舞踊で和の所作を身に着け

クラッシックバレエで洋の所作が身についているはず

なのですが、今度はその先の茶道・着付けです。

 

宝塚歌劇団のお稽古場で雪組の方とすれ違ったときに着物での所作がとても美しいことに気付きました。

日本物をすることが多い雪組はお稽古にお着物を着ることが多いため、階段を降りるとき太ももあたりを少し押さえて着物がめくれないように素早く降りられるのです。

その姿を見て、私は日本舞踊の個人レッスンに行こう!!とすぐ決めました。

 

ひとつの演目は約1か月半のお稽古と公演+東京公演を考えると4か月半ほど毎日着物を着るわけです。

当然所作が習慣になりますよね。

同じ劇団員でも雪組は圧倒的に日本物が多かったので着物を着て似合う所作が身についている人は多いと思います。

 

ないなら努力をすればいい

 

なかなか大変なことですが、これも努力の一つで手に入れられます。

社会人になってお給料をいただき余裕が出てくると茶道・着付けは大人の嗜みとしてお稽古に行ってもいいと私は思っています。

ましてや着物は日本の民族衣装。

本来であればみんなが着れるはずですが、そうでもない。

私も宝塚の袴は着ることができますが、お太鼓をしたり振袖や留めそでとなると帯が結べなかったり、美しく着ることができなかったりします。このあたりはまだまだ努力が必要なところです。

 

たとえ、着付けができたとしてもみっともない着方もあります。

玄人がみても美しい着方を身に着けたいものです。

 

所作でいうと、茶道もおすすめです。

気持ちがガサガサしているときは、お点前がうまくいきません。

精神を落ち着かせて自分との向き合いになります。

 

先ほど何をやってもダメだったその時代に茶道に通っていれば自分を律することができたのかもしれません。

 

人生は一度きり。

何か方法はありますので、目上の方や尊敬する方に聞いてみるのが一番だと思います。

素直にきいているつもりでも、自分の素直でない部分に気付くはずです。

素直さがないと人は伸びません。

伸びしろの多い人になって人生を豊かにしたいと常々思っています。

 

 

おまけ

社会人になってお料理に興味を持ったことがありました。

母は管理栄養士で調理師の免許も持っているので教えてもらおうと何度か挑戦しました。

でもわざわざ大さじ、小さじを図ることもなく、

塩?パラパラ~っと

しょうゆ?う~ん適当にちょこっと

 

これでは初心者の私にはわかるはずもなくイライラ。

キッチンでけんかになりこれこそ匙を投げるということがよくありました。

 

そこで、お料理教室に通うことにしました。

そんなのやっていればうまくなるのに、わざわざ習うほどでも・・・という母の顔を横目に通い始めました。

 

玉ねぎのみじん切りを先生に教えていただいたときすでに30才を超えたいい大人でしたが

私が先生に教えてもらったとおりにみじん切りをしていると

 

さくらさん、素直ですね。

 

と言われました。

私はただ、みじん切りを言われたようにしていただけなのですが、先生が言われた通りにやっていたようです。

伸びしろ、あったようですね。

 

ここで学びのポイントは“真似る”のがいちばんの近道だと言えます。

とにかくマネをすることから学びは始まっているのです。

先生と同じようにまずは身につくまで行う。

同じことが同じようにできない人もいます。そのための筋トレなのです。

みじん切り→筋トレ だとよくわからないと思いますが、

自分の体が自分の思い通りに動く状態をトレーニングしておく

ということです。

 

器用・不器用は個人差がありますし、身につくまでは時間がかかりますが継続していれば必ず身に付きます。

ぜひ今日から何か決めてやってみてください。

クモの糸のように、ほそ~くなが~く継続することがおすすめです。

 

本日も最後までお読みいただきありがとうございました。

 

ではまた次回のブログで!!

 

 

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA